暗黒街の顔役”アル・カポネ”
史上最も素晴らしい偉人
今回は世界で最も有名なマフィアである
アル・カポネ
について書こうと思います。
禁酒法時代
時は1920年代のアメリカ、「酒を禁止すれば世の中がもっと良くなる」
だなんて口で糞たれやがった議員のせいでアメリカはこの世の中史上最高に最悪な法律禁酒法を約10年ほどの間制定することになってしまいます。
ですがもちろん法律で禁止されたくらいで皆が一様にピタッと禁酒できるはずもないですよね。
また、この法律にはいろいろ突っ込みどころがあって、そもそも自宅での飲酒は禁じられてはいなかったりします。そのため金持ち連中は禁酒法が施行される前にできる限りの酒を買い込んだとか。
アル・カポネの有名な言葉に
「俺が酒を売ると密造と言われるのに、金持ちがお盆にのせてそれを出すともてなしと言われるんだ」
みたいのがありましたが、こういう意味だったんですね。
他にも宗教目的で教会で飲むワインや医療用アルコールがOKだったりと案外風穴のあきまくった決まりだったようです。
ダメ押しにこの悪法により治安まで急激に悪化し、これから書いていくアル・カポネをはじめとした反社会勢力が権力を我が物にし、警察や政治家は塩水に浸かった鉄の如く腐敗していきました。
そんな時代を太く短くド派手に生きていったアメリカンドリームの体現者のお話の
始まり始まり。
底辺からのスタート
彼の家族はイタリア系移民でアメリカンドリームを夢見て移住しましたが、現実はそう甘いものではなくまっていたのは貧困ともっと前に移住していた人々からの差別だったのです。
そんな時にカポネは1899年1月17日ニューヨークに生まれます。
スラムでの生活を余儀なくされたカポネはまともな生活を手に入れるため学業にいそしみ成績はトップクラスでした。
将来は医者か大臣かと期待されたのも束の間、教師と殴り合いの喧嘩をして以降二度と学校に足を踏み入れることはありませんでした。
こうしてカポネは工場で働き始めますがそれと同時にギャング団ともつるみ出し、工場の労働者を小馬鹿にするような賃金の何倍もの報酬をポンとくれるようなギャングにだんだんと入り込むようになっていきます。
カポネの下積み時代
ギャング団の仲間入りを果たしたカポネは先輩のギャングが経営していたバーで働くことになります。
そこでウェイターや皿洗いなどをする傍ら、盗みから殺人まで数多の犯罪を経験することで、ギャングとしての知識や技術を身に付けていきました。
これはアル・カポネについて書かれているサイトや書籍では確実に載っていることですね。
カポネにはこの画像をみてもわかるように左の頬に傷があります。
これはカポネがバーで働いていた時に、女性客に対して
”Honey, you got a nice ass and I mean that as a compliment, believe me"
(ハニー、いいケツしてるじゃねぇか。いや、ほめてるんだよ。信じてくれ。)
と言ったらその女性の兄にナイフで頬を切り付けられた時にできた。という説が有力です。
ちなみにアル・カポネをモデルに制作された映画に「スカーフェイス」というものがあります。下品で血がドバドバ出てかなり賛否両論ありますが一見の価値ありですよ。
この映画での顔の傷は左目の部分に変更されています。
カポネ シカゴへ征く
見習いとしての期間を終えたカポネはシカゴでギャングのボスであるジョニー・トリオの経営する賭博場、売春宿、酒場を全て併設し、おまけに地下には拷問室まで兼ね備えた夢のようなアミューズメントパークの用心棒として雇わます。
これからのカポネの出世は驚くべきもので、なんと1年かそこらでこの施設の支配人となってしまいます。
酒の密売に手を出す
そのころになってアメリカ全土には禁酒法がやってきます。
「これは金になるな~」とほとんどのギャングがウキウキしていたであろうころカポネたちはある問題に直面していました。
なんと幹部の1人が酒の密売に手を出すことを反対していたのです。
それはコロシモという人物でカポネのボスであるトリオの叔父にあたる人物でした。
コロシモは権力もそこそこ持っていたので彼の発言には従うほかありませんでしたが、そんな状況に嫌気がさしたカポネとトリオはコロシモの暗殺を実行します。
ある日、トリオの経営するバーにコロシモをおびき寄せ、何者かが彼の頭を後ろから拳銃で打ち抜いてしまいます。
後に殺し屋の男が、目撃者の証言もあり逮捕されますが、ナニをされたのかその目撃者は証言を取り下げて、殺し屋の男は証拠不十分で釈放されます。
こんなことはよくあったようで、カポネが数人の人が見ている前で堂々と人殺しをしたときは、目撃者が行方不明になったりしたこともありました。
その人がどんな目にあわされたかは考えたくもありませんね。。。
若きカポネの大出世
そうしてカポネはジョニー・トリオ率いるギャング団のNo.2にまで上り詰めます。
このときはまだなんと24歳!
とても若くしての大出世だったんですね。
ギャングたちの台頭とカポネが頂点に
禁酒法が制定されてからというもの、少しの間ギャングたちはお互いに決めた縄張りでのみ酒の密売を行っていましたが、次第にそれを守らない連中が増えてきてギャングの抗争が激化してきました。
そのため、トリオは引退を決意し隠居生活を始めカポネはギャングのボスとなります。
戦場と化したシカゴ
カポネが組織のボスとなったのは、ギャング同士の抗争が最も激しい時でした。
具体的にどれほど血なまぐさい戦いだったかというと、
- ギャング団の幹部を射殺した警官の家をダイナマイトで爆破
- 警官に扮したカポネ一行が敵のギャング7人を血ダルマ
- 裏切者3人をカポネ直々にバットで殴り殺す
という程度です。最後のやつは映画「アンタッチャブル」の有名なシーンですね。
映画では部下を一人だけでしたが、実際には3人を、しかもより残酷に体中の骨を叩き割って殺したそうです。
フィクションよりノンフィクションのようがぶっ飛んでいるように感じるのは僕だけではないですよね?
どうでもいいですけれど「アンタッチャブル」のカポネ(ロバート・デ・ニーロ)は本物と瓜二つで、頬の傷までしっかりと再現されています。
デニーロはカポネと似せるために顔だけ太らせて前髪を抜いたらしいです。
次の映画の撮影があって体は太らせることができなかったためのようですが、デ・ニーロの役者魂を感じますね。
短命なカポネ
さてさてさて、これまで殺されかけたり殺したり(殺させたり)を繰り返して何とかシカゴの街を生き抜いていたカポネですが、ここで思わぬ敵がやってきます。
それは敵のギャングの殺し屋でも警察でもなくまさかの財務省でした。
カポネは
「酒の販売はもともと違法なんだ税金なんて納めなくても何も言われないだろう」
とでも思ったのか一切納税を行っていませんでした。
それをついてカポネの逮捕に乗り出したのはさっきも少し書きましたが、かの有名なエリオット・ネス率いる「アンタッチャブル」です。
「アンタッチャブル」というのは「触れることができない」要するに
「俺たちは買収されないからな!」ということです。
映画でのネスはさも善人であるかのように描かれていますが、実際はそうでもなく実は飲酒運転でつかまったりしていました。
そんな奴に脱税の証拠をつかまれ、買収もむなしくカポネは逮捕されてしまいます。
ここからの話は対しておもしろいものもありません。
10年ほどアルカトラズ刑務所での生活を強いられ梅毒が悪化して釈放されてからも何年か自宅で穏やかな生活を送った末に安らかに眠ることとなります。
最後に
享年48歳、太く短い人生だったわけですね。
仁義は通すし人にも優しくするが、裏切者や敵には容赦ない。しかも大のギャンブル好きで、入ってきた金は右から左にどんどん使って蓄えなんてのは、ほとんど残しておかなかっただなんて本当にギャングの鑑としかいえないですね。
カポネの人生は平凡な日々をおくる現在の僕たちにロマンや夢を与え続けることと思います。